それは、アカデミーで丁度俺がエリートコースに進み始めた時期だった。 気付くと何時も彼女を目で追っている自分が居る。 明るく、女の子らしく、男には理解しがたい感覚で物事を判断する。 今ある欲求に正直で、友人や人の目を気にする緩い自我。 守ってやりたいなと思った。守らなければと思った。 直に彼女も俺の視線に気付くようになり、顔を合わせれば意識しあうような、そんな関係になろうとしていた。 胸の奥で何かが引っ掛かり、ぐずぐずと煮崩れるような不愉快な感覚。 多分、これが恋と言う物なのだろうなと、大事にすべき相手を見つけられたのだと、思っていた。 頭が妙に重かった。 気になって、気になって、目は何時も彼女を追うと言うのに、心の中の不快な感覚は意識を膨脹とさせた。 「あのさ、シン」 同期で同じクラスのルナマリアが食堂で俺に話しかけてきた。 プラント生まれの育ちの良い彼女は、入学当初から成績の優秀な人気の女子生徒だ。 普段は自前の弁当でクラス内外で大勢と食事を共にしているはずで、食堂に足を運ぶ事は滅多に無い。 「あ、ここ座っていい?」 暫く呆けていると一言いって俺の向いの椅子にどっかりと座った。 妹とは違う、雑把なスタイルだ。だからこそ、話しやすくもあり周囲に人が集まるとも言えるかもしれないが。 ルナマリアとは同じクラスになってから良く話すようになった。あくまで俺主観ではあるが。 歯切れの良い彼女は俺のような口下手で気難しい人間でも隔たりなく付き合ってくれる。 気になり始めた彼女を知ったのも、ルナマリアが切っ掛けだ。 いつも姉の後を追う、甘ったれたルナマリアの妹。それが彼女だった。 「うちの妹のコトなんだけどね。」 座って軽く胸の上で十字をきると食事にフォークを突き立てて軽口で話しかけてきた。 俺は只黙って聞いている。 どうせ色んな事で評判の悪い俺と彼女を付き合わせたくないんだろう。 「…妹のさ、変わりにするつもりなら、止めてあげて欲しいんだ。」 ザッと血の気が引いた。 だが、 それと同時に重い頭痛から介抱されたような気がした。 「あの子もさ、影響されやすい子だから」 「結構、あんたのこと傷つけちゃうと思うんだ。」 「今はホラ、見てるだけだからイインだけど」 あたたかいサラダを大きな口を開けて放り込みながらも、はっきりと俺の目を見て話し続ける。 「あたしが口出すコトじゃないって、わかってはいるんだけど」 インスタントのコンソメスープを軽く啜って、トレイの上のメニューに目を泳がせる。 こんな話をする時にでも、ルナマリアは自然体だ。 フォークがプラスチックの容器にあたって乾いた音をたてると、ちらりと目があった。 「あんたってさ。ほら、・・・・んーー、複雑じゃない?」 目を泳がせて言葉を選ぶと笑顔を取り繕って俺に問いかけた。 複雑な男で悪かったな。好きで複雑になった訳じゃないさ。 「…あの子って、思ったより、バカなのよ。」 困った声で呟くルナマリアのそれは俺に対しての優しさだ。 勢いをなくした、らしくない声色に、ようやく気が付いた。 「あんたがね、本当にあの子のこと好きなんなら、大丈夫だと思うんだけど」 「ほら、なんていうか…。」 あの子、わかんない子だから。 ルナマリアはそれきり口籠ってしまった。 トレイの上のフォークは動きを止めて、端に盛られたカットフルーツからは果汁が染み出し、表面が乾いていた。 「あぁ。わかってる。」 乾いて張り付いた唇を無理矢理引き剥がして、それだけ口にするのがやっとだった。 俺はバカだから、言われるまで気が付かなくて、わからなかったけど 「…可愛がってくれるのはいいのよ。…妹みたいに。」 冷たくなったグラタンのチーズにフォークを刺すと、ルナマリアはそれきり俺を見なかった。 |
ある日の会話。 05/4/20 |
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